「考現学　地域振興と健康文化」 （徳島新聞２００２年２月５日） 　最近、地域振興と関係した講演をしばしば頼まれる。つい先日の１月２５日には、和歌山県新宮市商工観光課と熊野三山協議会の主催で「ヤタガラスのコスモロジー」と題する講演を新宮市の職業訓練センターで行った。「八咫烏(やたがらす)」とは三本足の烏で、神武天皇の東征に際し、熊野から大和に抜ける山中の道案内をした。賀茂一族の先祖の神でもある。ヤタガラスは日本サッカー協会の旗章のデザインにも採用され、日本代表チームのユニフォームの左胸を飾ってもいる。 　この三本足のカラスの伝説は、ハンガリーの建国神話やアラスカのクリンギット族の世界創造神話にも登場してくる。ワタリガラスは、世界に太陽や魂をもたらし、いのちを吹き込み、新しい国を作る道案内をする。ユーラシア大陸から北米大陸にかけて、ワタリガラス神話が分布していることが最近の比較神話学の研究によって明らかになってきているのだ（詳しくは、拙編著『サルタヒコの旅』創元社）。 　熊野の新宮速玉大社の境内には八咫烏神社が祀られており、那智大社も同様である。その那智大社の火祭りでは、ヤタガラスの面（帽子）をかぶった宮司が、「扇褒め」という、太陽を象った扇に魂を打ち込む所作をする。この面と似た仮面が遠く離れたアラスカのクリンギット族にも使用されているのは驚きだ。おそらくは、熊野とアラスカのネイティブの間には１万年以上前の同系の神話と儀礼が伝わっているのであろう。 　わたしはこれらのヤタガラスの神話と儀礼の分布と関係を語りながら、そこにヤタガラスのコスモロジー（宇宙論）とネットワークがあることを主張した。そして、その「文化」を地域振興の中に取り入れるべきだと問題提起した。蟻の熊野詣と言われた熊野古道や、西国３３番札所巡りが那智の青岸渡寺に始まるという日本有数の巡礼文化を生かし、その上に、ユーラシアを横断する「ヤタガラス・ロード」を付加することによって、地域文化の世界史的位置づけを行うことで地域認識や郷土への愛と誇りを深めることの意義を強調したのである。 　わたしは、地域振興はまず何よりも地域の自己認識の深化や意識改革から始まると思う。昨年１１月２４日にわたしは徳島県教育委員会主催の県民カレッジに講師として招かれ、阿南市の夢ホールで「子どもの自立」と題して講演した。その要点は、「かわいい子には旅をさせろ」という古今東西に通用する提言で、現代に生きる一人一人の個人が「イニシエーション」を確立することの必要を訴えた。その夜、出身地の阿南市桑野町公民館で、「健康文化と地域振興」という話をした。今、桑野町では「健康運動公園」を作ろうと工事に入っている。「子供からお年寄りまで、自然に触れ合い、気軽に健康づくり」というキャッチフレーズで県は計画を打ち出している。そこでわたしに健康づくりと地域振興に関わる話をしてほしいと依頼されたのだ。 　わたしは、２１世紀に徳島県が「健康運動公園」を造るのなら、全国どこにでもあるようなスポーツ施設型運動公園ではなく、四国遍路という地域特性と文化と歴史を生かした「健康運動公園」を造ってほしいと思う。世界中で健康法としてウォーキング(歩行)が流行っている現在、「お遍路さん」という心身・霊性の全体から「健康」や「幸せ」を求める四国が誇る巡礼歩行文化を取り入れ、世界に向けて総合的な健康文化の実現に寄与できるような「健康運動公園」を作ってほしいと念願する。「遍路文化館」や「遍路小屋」も必要だ。 　折りしも、WHO（世界保健機関）は今、「健康」の定義の中に、従来の身体と心の健康だけでなく、「スピリチュアリティ（霊性・精神性）」という要素を加えようとしている。健康には、心の深奥に深い精神的価値、例えば、生きがいや安らぎや道といった自己のアイデンティティの核になるものが必要であるという認識が出てきているのだ。 　地域の歴史や文化に対する理解と尊敬を深めつつその特色を生かすことなしに、大らかで力強い郷土愛と誇りは生まれないであろう。２１世紀の健康文化には「霊性・精神性」という深みが不可欠なのだ。四国遍路で「発心(ほっしん)」の道場と位置づけられた「徳」島県は、全国に先駆けて、徳と道の文化を追求しなければならないのではないか。