拝啓 鎌田東二さま お手紙ありがとうございました。毎回、心のこもったお手紙をいただいて、本当にうれしく思っております。それにしても、先生のご活躍、いつも敬服するばかりです。博士論文を執筆しながら、平和のための運動を起こし、音楽活動を展開するかたわら、さまざまなトークや講座、そして授業をなさっている…。僕もよく「忙しいでしょう」なんていわれるクチなのですが、先生のパワーに比べたら、毎日だらだらと怠慢に暮らしているだけのようなものです。 鎌田先生のパワーはいったいどこからくるのだろうか、と日ごろ不思議に思っていたのですが、それは先生が幼いころから感じていらした、星のメモリーとかかわっているのですね。占星術をやっているくせに、安易な運命論を信じないたちなのですが、先生がごらんになられた強烈なヴィジョンの話をうかがったら、先生の八面六臂の活躍の原動力が少しは見えてきたような気がします。だって、キリストを背負った聖クリストフォルスよろしく、宇宙そのものの展開を夢のなかで感じてしまわれたのですから。 魚座の２９度というのは、やはり特別な角度なのかもしれません。先生はサビアンシンボルというのはご存知でしょうか。ニューエイジ的な占星術でよく使われるもので、３６０度のホロスコープのひとつひとつに意味ありげな象徴があてられているのです。これはある霊能者が直感的に創り出したもので、そのあたりの出自が少しばかりアヤシげだということもあって僕は実践ではあまり使わないのですが、ときどき、はっとさせられることがあるのです。人気があるのも、わかります。 魚座と牡羊座の境界は、「予見者（ｓｅｅｒ）の夢がいまや生を得る」というのがそのシンボル。魚座の最後の角度は、広大な宇宙そのものを表しています。その最後の角度は牡羊座０度という個人性の始まりのポイントへと移行する境界線でもあり、かたちなき、無限のものが、きわめて神秘的なかたちで、この世のものへと顕現してゆく、特異な臨界点のようなものだと考えることができるのです。ちなみに、サビアンシンボルでは、僕の太陽がある魚座１１度は「秘儀参入者のロッジで候補者がテストを受ける」です。魔術師たちの前で試験を受けているのですね。ちょっとハリー・ポッターみたいだと思いませんか。そういえば、僕は最近、ときどき、映画のハリーに似ている、なんていわれて頭にのっています。 イメージの連想をどんどん重ねてゆきましょう。先生が深い絆を感じておられるというオリオン座。そろそろ、澄んだ冬空にオリオンが美しく見えるようになるころですね。この星座の歴史は古く、古代の人々はおしなべて、この星のならびに巨人の姿を重ね合わせてきました。ただ、占星術のなかではオリオンの評判はあまりかんばしくありません。オリオンは背が高くハンサムな狩人でしたが、神々にたいしての不敬の罪から、蠍に刺されて殺されてしまったというのです。そこで蠍座が上るころには、オリオンはあわてて地平線の下に沈みこむ、というのは、有名な言い伝えですよね。 そのせいでしょうか、プトレマイオスなどは、オリオンに、不敬であるとか、野心などといった意味を付け加えています。もっとも強力な意志、永遠に存続する名声などといった意味を与えている占星術家もいます。いつもながらの妄想力を働かせて、このオリオンのシンボリズムを拡充してみます。オリオンは、典型的な英雄のイメージではないでしょうか。ヘラクレスやペルセウスと同じように、力のある男性の象徴です。しかし同時に面白いのは、このもっとも偉大で大きな存在が、ちっぽけな（星座の上では大きいですが）蠍という毒虫に殺害されてしまったということです。 先生、いつも僕は思うのです。僕は、ヒルマンの影響などをうけて、プエルとセネックス（子供と老人）を同じペアだと考えていますが（まさしく翁童論です！）そのなかで、排除されているのが、英雄的な大人ではないでしょうか。子供と老人は、ともに生産性とは関係がありません。また時間のなかでも生きていません。その外にある存在です。オリオンの殺害というのは、なによりも英雄的な自我のありようの殺害、そしてその変容として、僕には見えてきてしまうのです。翁や童のごとくなるためには、英雄はどこかで死ななければならないのでしょう。それは喪失ではありますが、しかし、別なものへと道を譲り、変容するためのプロセスであるのかもしれません。 しかし、先生、けれども、この世で生きている僕達はどこかで英雄を生きなければならないでしょうし、それを放棄してしまったら、何事も達成できないでしょう。これだけの本を出すという、先生のまさしくヒロイックなお仕事もできたはずもありません。いつもいつも思うのですが、生きることはパラドクスに満ちています。英雄と童―翁の葛藤を抱え込むことが人間としての宿命でしょうし、そして、オリオンに縁を感じられる先生には、きっと、そのことを人一倍鋭敏にとらえられているのではないかという気がするのです。 なんだか、占い師然としたことを言い続けてしまいました。生きることはパラドクスに満ちているといいましたが、僕にはそんなパラドクスを占いというものにもいつも感じています。ある霊能者が僕の前世なるものを見てくれました。前にもお話したように、僕は前世の存在を心から信じきることはできないのですが、しかし、前世は、いまの僕のありようをメタフォリカルに語ってくれるものとして考えるようにしていて、興味をもってしまうのです。その霊能者がいうには、僕は前世でも占星術師だったのだそうです。それも中国で皇帝に仕えていた占い師だったということです。ところが、あるとき予言をはずして殺されちゃったのだとか。だから、今回の人生では、占いはやるけれども、占いが当たるとはいわず、また予言もしない、というのでした。 この前世物語が本当かどうかはわかりません。しかし、このストーリーは、僕が占いに接するときのアンビバレンスをよく言い当てているように思うのです。このような葛藤は苦しいものですが、しかし、僕はあえて、そういう葛藤を大事に抱え続けようと思っています。ちょうど、二匹の魚をシンボルとする魚座のように、異なる方向を向いた二匹の魚を、やわらかなリボンで結びつけておこうと思います。きっとそのリボンは、オリオンの三ツ星のベルトとは少し違うものなのでしょうけれども。 アフガンの状況は、本当に目を覆いたくなります。僕には本当に何もできないのですが、ウエブで知ったペシャワール会に、本当にわずかですが、義援金を送りました。全くもって「ノンポリ」だった僕なのですが、どうも状況はそうもいっていられないようです。星のメッセージを書くことがもしなんらかの意味をもっているのだとすれば、せめて人々に愛に満ちた言葉を、こんなときだからこそ、送り続けたいと思っています。街にはキャロルが流れ始めました。クリスマスの魔法がこの世界にかかることを心から祈っています。時節柄、どうかご自愛くださいますよう。 ２００１年１１月２７日鏡リュウジ拝 鏡リュウジさま お手紙、たいへん面白く拝見いたしました。魚座の２９度のことも、オリオンのことも、鏡さんのハリー・ポッターのことも、サビアンシンボルのこと、前世のことも。わたしはいつも思うのですが、夢というものは本当に不思議です。なぜそのような変な、面白いものを見るのか、考えれば考えるほど意味深長に思えます。わたしは、現実というのは夢の一つの形、夢の一つの次元、夢の一つの位相にすぎないのではないかとよく思います。わたしにとって、夢と現実との境は定かではありません。かといってもちろん同一ではありません。夢は未だ実現せざる現実、現実はすでに実現した夢と変形してしまった夢の混合である、そう思っています。 もっとも、この夢は、野心とか欲望とか、とても個人のエゴイスティックな思いと強く結びついているものから、もっと純粋な祈りや他者や世界の幸福や平和を願う心など、さまざまな夢とレベルがありますね。人々と共有できる夢と共有できない夢。個人の欲望を満足させるにすぎない夢と大勢の人を幸せに導く夢。いろいろな夢があります。ジョン・レノンは「イマジン」の中で、“I am a dreamer”と歌いましたが、わたしもジョンと同じように小さなころからまったくの「ドリーマー」でした。わたしは時々、家族と共に、「おれの人生はトラタヌ人生だなあー」と言って笑います。「トラタヌ人生」とは「取らぬ狸の皮算用」を縮約した言葉ですが、要するに、夢を見てはそれに破れて、しかしその夢の破片を大切に生きているといったような意味です。 飛行機はライト兄弟の夢から始まった、というのはわたしの口癖です。飛行機の成立とは、「空を飛びたい」という、おそらくは人類普遍の夢を誰に馬鹿にされてもめげずに形にしようと努力したライト兄弟の夢の形、あるいはその結果です。「トラタヌ」にはトラタヌの喜びというか、面白さというか、気づきと深化があるものです。何事も決して無駄ではありません。実現しようがしまいが、真剣に夢見、それを実現しようと生きる時、夢はただのイメージや願望や欲望であるところから、現実に浸透しはじめ、やがては現実そのものになるか、夢の破片として現実の中に吸い込まれるか、いずれかの道を歩みます。しかしそれも、すべては夢のまた夢、いい意味でも悪い意味でも、夢のなれの果て、なのです。 夢と現実をはっきりと区別する人がいますが、その人は本当に現実のことをよく知らない人だと思いますね。現実とは夢の変形、なのですから。夢のまた夢、なのですから。夢の受肉、物質化、あるいは変容なのですから。だとすれば、本当にいい夢を見よう、生涯にわたる夢を見よう、この世を越えて輝く夢を見よう、宇宙が見る夢に同調する夢を見よう、すべての生命と存在が共通して望んでいる夢を見よう・・・と、このようにわたしの夢は限りなく広がっていくのです。わたしは本当にどうしようもない夢見る人なのです。“dreamer”なのです。夢食い虫のぬらりひょん。 わたしの生の原動力は夢です。そのことははっきりしています。問題は、その夢がどこから来るかですが、わたしは宇宙から来ると思っています。単に自分の心の中から起こって来るのではないと感じています。もっともっと深い夢の源泉がある。夢はあらゆる次元に連絡している次元連絡回路ですね。それは本当に不思議な連絡通路。夢は、眠っていて見るだけではなく、白昼夢も、ヴィジョンも、幻視も、夢の一種です。魚座と牡羊座との境界、すなわち涙の２９度がサビアンシンボルだと“seer”というのは、わたしにはとても納得のいくシンボル解釈です。もっとも、わたしの場合、どちらかといえば、「見る人（予見者）」というより、「聴く人」ですけどね。なにしろ、一曲ほぼ３分で１３０曲を作詞作曲した「神道ソングライター」なのですから。 とはいえ、鏡さんが、「魚座と牡羊座の境界は、『予見者（ｓｅｅｒ）の夢がいまや生を得る』というのがそのシンボル。魚座の最後の角度は、広大な宇宙そのものを表しています。その最後の角度は牡羊座０度という個人性の始まりのポイントへと移行する境界線でもあり、かたちなき、無限のものが、きわめて神秘的なかたちで、この世のものへと顕現してゆく、特異な臨界点のようなもの」と書いてくれた文章を読みながら、思わず「ホーウッ！」とため息とも感嘆ともつかぬ声を漏らしてしまいました。あまりにも、簡潔明瞭にわたしの人生の志向性を言い当ててくれていたからです。うーん、なるほどなあ、と妙に神妙に納得してしましましたよ。それに、鏡さんご自身のサビアンシンボルが、「魚座１１度は「秘儀参入者のロッジで候補者がテストを受ける」です。魔術師たちの前で試験を受けている」というものだというのも、ハリー・ポッターのハリー君と似ているというのも、なるほどなあ、と妙に納得してしまいましたよ。ほんと。 うーん、そっかー、なるほどなるほど、てな感じ。おもろいもんでんなあ。すごいですねえ。いってるねー。オリオンの解釈も実に面白いですねえ。わたしがオリオンに魅かれるようになったのは、２０代からだったと思いますが、それはオリオンとスサノヲと出口王仁三郎が深く関係していることを知ってからだったと思います。大本教の教主出口王仁三郎の背中か、胸かに、オリオン星と同じ三ツ星のホクロがありました。出口王仁三郎は自分がオリオンから来たと言うようなことをはっきりと言っています。出口オニ三郎は、元は「鬼三郎」だったけれど、「王仁三郎」に変更しました。そして、彼は自分の御魂は「瑞（水）の御魂」でスサノヲの御魂の系譜であるとは明確に言っています。「鬼」と「オリオン」と「スサノヲ」。それが夜空の三ツ星のように結びついているのを知った時、わたしの内なる三ツ星がはじけたのです。しかも、そのいずれもが追放される者の含意を内包していたのですね。これはとてもとても深く納得できるものでした。 オリオンの占星学的解釈を鏡さんはこう書かれました。「オリオンは背が高くハンサムな狩人でしたが、神々にたいしての不敬の罪から、蠍に刺されて殺されてしまったというのです。そこで蠍座が上るころには、オリオンはあわてて地平線の下に沈みこむ、というのは、有名な言い伝えですよね。／そのせいでしょうか、プトレマイオスなどは、オリオンに、不敬であるとか、野心などといった意味を付け加えています。もっとも強力な意志、永遠に存続する名声などといった意味を与えている占星術家もいます」と。スサノヲはおそらく「背が高くハンサム（？）な狩人」でした。出口王仁三郎はどうでしょう？ 「背が高くハンサム」とは言い難いでしょうね（笑い）。鎌田東二もまた「背が高くハンサム」とは言い難いですね（肯き）。わたしは足が短い恐竜の子孫です。 しかし、出口王仁三郎は魂の「狩人」だったと言えます。「鎮魂帰神」という修行や「霊学」という実践的かつ学問的探究を通して「魂の狩」をしようとした人でした。そして、出口王仁三郎ははっきりと自分は「スサノヲの道＝歌の道＝天地和楽の道」を継承実現すると明言しています。私もまた、まったく同じなのです。その後継者と言えます。大本教団の人間ではありませんが。出口王仁三郎は、自分がスサノヲの魂を引き継ぐものとして、スサノヲがそうであったように、追放される身であることを強く自覚していました。国家権力による二度にわたる弾圧ばかりではなく、彼は初期の大本教団からも追放されたことがあります。そして、文字通り、出口王仁三郎は「世の建て替え建て直し」という“国家転覆”の巨大な「野心」を持つ者として「不敬罪」と「治安維持法違反」で逮捕されたのでした。天皇という「神」に対する「不敬の罪から、蠍に刺されて殺されてしまった」のです。 「鬼」もまったく同じ象徴構造を持っていますね。わたしがなぜ小さいころから「鬼」を見ていたのか、星と宇宙の爆発の夢を見ていたのか、何か深く納得したような気持ちです。「不敬」とは何でしょうか。永遠に対する真の「畏怖畏敬」を確立するために「神々」に反抗し、「不敬」をはたらくことをわたし自身は「不敬」とは考えません。オリオンのことはよくわかりませんが、スサノヲにも出口王仁三郎にも独特の深い宇宙感情がありました。それが彼らの神観の根幹をなしています。それがヒルマンのいう彼らの「ドングリ」でした。そして彼らは「翁童的存在」です。鏡さんの占星学的解釈やシンボリズムをうかがいながら、自分自身の魂の深域を旅したような気持ちです。 この前、１１月１９日の午前３時頃、獅子座流星群を見ながら、本当に懐かしい気持ちでいっぱいになりました。どうしてこんなになつかしいの？ この光景をいつか、どこかで見たことがあるよ。わたしの細胞がそう告げていました。それは、どこの星の光景だったのでしょうか。その夜、獅子座流星群の流れ星を見る直前の２時半に、わたしは次の著書『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読』（岩波現代文庫、２００１年１２月１４日発売）を全部書き上げたのでした。そしてその原稿を岩波の斎藤さんにメールで送り、そのままいつもバク転やバク宙をする広場に出かけて１時間ほど夜空の流星群を見上げたのでした。奇しくも、わたしの宮沢賢治・銀河鉄道論の最後は、 獅子の星座に散る火の雨の 消えてあとない天のがはら 打つも果てるもひとつのいのち dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah という「原体剣舞連」の詩の引用とそれに対するコメントでした。銀河鉄道の夜の旅が続いているとはっきりと感じました。賢治は、『春と修羅』に収めた「東岩手火山」という詩篇の中にこう書いています。 二十五日の月のあかりに照らされて 薬師火口の外輪山をあるくとき わたくしは地球の華族である 蛋白石の雲は遥にたたえ オリオン 金牛 もろもろの星座 澄み切り澄みわたって 瞬きさへもすくなく わたくしの額の上にかがやき さうだ オリオンの右肩から ほんたうに鋼青の壮麗が ふるへて私にやって来る （中略） オリオンは幻怪 月のまはりは熟した瑪瑙と葡萄 賢治はオリオンのメッセージを受け取っていたに違いないと思います。冬の夜空に縦になり横になって、まるで十字架のように回転しながら移行してゆくオリオン。そのたましいの狩人の声を聴いてみたいと思います。「神々」というもう一つの地上の権力に歯向かい、弓を引いて、真の永遠の生命と存在世界に参入し称えて行く道をオリオン＝スサノヲ＝出口王仁三郎は辿ろうとしたのでしょうか。深く考えさせられました。「神」の名の下に戦争が行われ、弾圧や抑圧や支配が行われていくことを解決し、解放してゆく「神々への反逆」が必要ではないでしょうか。それこそが真の「神々への畏怖・畏敬」と讃歌になるような道行きこそが。 ２００１年１１月２７日鎌田東二拝 |